コンクリートに囲まれた東京で暮らす私たちにとって、インドネシアの熱帯林減少は遠い世界の出来事のように思えるかもしれません。しかし、実際には、数千キロ離れた森の喪失が日本の消費や企業活動、さらにはエネルギー政策と深く結びついています。7月に開催された「日・インドネシア森林保全シンポジウム」は両国間における木材貿易の実態が詳しく掘り下げられました。

国境を越える森林:インドネシアの森と日本のつながり
森林保全は単なる環境問題ではなく、貿易、エネルギー政策、企業調達、そして現地コミュニティの権利が複雑に絡み合う構造的課題です。
インドネシアは世界第3位の熱帯雨林を有し、多島海に広がる広大な森林地帯はアマゾンに匹敵する生物多様性が息づいています。世界の既知の植物種の10%、哺乳類種の12%が生息すると言われますが、このかけがえのない生態系を育む森と人々は、森林伐採や生息地の分断、商業利用への土地改変といった巨大な圧力に晒され続けています。
NGO「Auriga Nusantara」代表のティマー・マヌルン氏は、同国の天然林の半数近くがいまだ公的な保護対象になっていないと指摘します。重要なのは、この危機が国際市場における「森林リスク産品」への需要や多国籍企業の活動によって引き起こされている点です。その市場の中に、日本が巨大な消費地であるため、東京で本議論が交わされたことには大きな意義があります。

インドネシアの森林と日本のサプライチェーンが関わる場所
2日間にわたる発表とパネルディスカッションでは、「紙・パルプ」「パーム油」「バイオマス」「保全」という4つのセッションが設けられました。
1. 紙・パルプ
コピー用紙のような身近な製品の裏側には、土地権利をめぐる対立、森林転換、企業の説明責任といった複雑な問題が潜んでいます。セッションでは、「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」が得られないまま、先住民族の伝統的な土地へ産業開発が拡大している実態が報告されました。カリマンタンやスマトラなどの重点地域では影響が深刻化しており、土地権利を守ろうとした活動家が命を落とすといった悲惨な暴力事件に発展するケースさえあります。
生態系への打撃も深刻です。多様な種が共存する天然林が、アカシアやユーカリの単一植林地へと変貌し、生物多様性の価値が大きく損なわれています。インドネシアの主要製紙企業が日本市場で大きなシェアを占めている現実は、サプライチェーンを通じた影響が、国境を越え、日本にも及んでいることを示しています。
2. パーム油
第2セッションでは、洗剤、化粧品、食品、さらにはバイオ燃料に至るまで幅広く使われるパーム油に焦点が当てられました。アブラヤシ農園開発に伴う森林破壊は全体として減速傾向にあるものの、Global Canopyのアデリナ・チャンドラ氏は、2023年から2024年にかけて粗パーム油(CPO)の生産増に伴い森林減少が再び増加に転じるリスクを警告しました。
一方で同氏は、「リスクの発生源が特定されているからこそ、ピンポイントの対策が可能だ」と述べ、特定の地域、搾油工場、輸出企業、泥炭地、森林フロンティア(伐採前線)に焦点を当てた集中支援の必要性を提唱しました。また、地域主導のサステナビリティ推進団体「LTKL(Lingkar Temu Kabupaten Lestari)」事務局長のリスティカ・プトリ氏は、パーム油が住民の貴重な現金収入源であることを踏まえつつ、既存農園の生産性を高めることで天然林への拡大を防ぐ重要性を訴えました。また、登壇者たちは、検証済みの進捗に対して報いることや、信頼性の高い「森林破壊ゼロ(NPDE)」の公約を支援する上で、金融機関が果たす役割を強調する一方で、認証制度のみに依存することへの警戒も呼びかけた。
3. バイオマス(木質ペレット)
固定価格買取制度(FIT/FIP)を背景とした日本のバイオマス発電の急速な拡大により、日本は世界有数の木質ペレット輸入国となりました。ティマー・マヌルン氏は、ゴロンタロ州が「木質バイオマス産業の世界的拠点」へと変えつつあり、開発の波がマルク諸島などの手つかずの森林フロンティアへ東進していると警鐘を鳴らしました。現地の保全団体「JAPESDA」のクリストペル・パイノ氏は、開発コンセッション周辺で頻発する洪水、地域住民の生計手段の失効、土地紛争、さらには住民への不当な威圧や強権的な法的処罰の事例を挙げ、生々しい被害の実態を報告しました。
消費国が「再エネ」と名乗るバイオマスエネルギー政策が、現地の貴重な森林生態系や炭素吸収源を破壊するという本末転倒な事態が生じています。さらに、単位発電量あたりで見ると、バイオマス発電は石炭火力発電よりも多くのCO2を排出する場合があり、脱炭素に向けた妥協案としてすら成り立っていません。
今求められているのは、残された天然林を確実に保護し、先住民族や地域社会の土地に対するしかるべき権利を保障することです。

「誓約」と「実行」の間にある隔たり
全セッションを通じて強調されたのは、掲げられたコミットメントと現場の実行の間のギャップです。
【資金の不均衡】国連環境計画(UNEP)の報告書『State of Finance for Nature 2025[LY1] 』によれば、森林保全に投じられる資金1ドルに対し、森林減少を招く事業にはその約5倍もの資金が流れ続けています。ボルネオのダヤック先住民族出身で「CAN」(Conservation Action Network) 創設者のパウリヌス・クリスティアント氏は、「森林破壊に与えられる資金の方が、保全資金より圧倒的に大きい」と語り、現在保全に充てられている資金は1ヘクタールあたりわずか4ドル程度にすぎないと試算しました。この現状は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)が掲げる「30 by 30(2030年までに陸と海の30%以上を保全)」目標の達成に向けた圧倒的な資金不足を示しています。
【認証制度の限界】経済構造の転換に加え、現場での最大の課題は「認証制度の実効性の欠如」です。FSC認証 (Forest Stewardship Council) やSVLK(インドネシア木材合法性証明制度)といった認証は、決して万能薬ではありません。ゴロンタロ州では、製材所が書類上でFSC認証を保持していながら現地では天然林の伐採が横行している事例が報告されました。3つの主要産品すべてにおいて、認証基準と運用のギャップが露呈しています。だからこそ、徹底した「デューデリジェンス」と「サプライチェーンの追跡可能性(トレーサビリティ)」の確立が不可欠です。
【実効性ある対策】 欧州の「EU森林破壊防止規則(EUDR)」のような強固な規制は、企業に厳格な証明義務を課す優良な先例となります。日本や韓国のような規制の不十分な市場(いわゆる「抜け穴市場」)においても、サプライチェーン全体で同等のデューデリジェンスを義務づける強い政治的意思が問われています。いずれにせよ、認証ラベルだけに頼るリスク管理からは脱却しなければなりません。
さらに議論は、森林保全の捉え方そのものにも及びました。一見すると豊かな緑が残っている森であっても、密猟や生息地分断により大型動物が絶滅し、生態系としての機能を失った「空洞化した森(Empty Forest Syndrome)」が存在します。また、一般に軽視されがちな「二次林」であっても、優れた炭素固定能力や生物多様性、地域住民の生活基盤としての重要な役割を果たしています。「保護区」か「非保護区」かという従来の硬直した二分法に疑問を投げかけ、森林、地域社会、生態系保全、産業活動が相互に絡み合う統合的な視点の重要性を再認識させました。
消費国が果たすべき役割
シンポジウムを通じて繰り返し示された解決策の一つが「ランドスケープ・アプローチ(地域全体を包括的に管理する手法)」です。日本のような消費国や企業には、単なる買い手にとどまらない主導的な役割が求められています。
クリストペル・パイノ氏は、「私たちの森には空白地などありません」と述べました。森林のすべてのヘクタールに、生物多様性、地域社会の暮らし、経済生産という重要な機能が備わっています。これらを切り離して個別に管理しようとすれば、利害関係者の対立と生態系の破壊は避けられません。ランドスケープ・アプローチは、人と自然の相互依存関係を前提とし、相反する利害を対話の場に乗せて透明性の高い合意形成を図るための実践的な枠組みです。

シンポジウム終了後、インドネシアのNGO・研究者デレゲーションは経済産業省(METI)およびゴロンタロ産木質ペレットを使用する日本の大手電力事業者との直接面談を行いました。一行は、日韓のバイオマス需要が現地での急激な森林伐採を誘発していることへの強い懸念を伝え、炭素蓄積量の高い二次林を即刻保護することの緊急性を訴えました。現場の声に直接耳を傾けようとする関係者の姿勢からは、今後の変化に向けた希望が兆されましたが、面談に同行したパイノ氏は、
「最も重要なのは、この関心が具体的な変化へとつながるかどうかです。真の説明責任は、この面会の後に何が起こるかにかかっています。デューデリジェンスが実際にコンセッションレベルまで届くのか、FIT/FIPの基準が強化されるのか、そしてゴロンタロの地域社会が現場で実際の変化を感じられるようになるのかが問われています。」
残された課題は、日本の生物多様性に関するコミットメントと、現場における森林セーフガードの実施との間にあるギャップを埋めることです。地球・人間環境フォーラムの飯沼佐代子氏は、「企業が変わるには時間がかかります。しかしその間にも、熱帯林は失われ続け、生態系は後戻りできない段階に達してしまうかもしれません」と述べました。森林保全においては、コミットメントを加速させ、ギャップを早急に埋める必要があります。
その意味において、「日・インドネシア森林保全シンポジウム」が果たした役割は極めて大きなものでした。NGO、行政、企業、研究者、現地コミュニティという多様なアクターが一堂に会し、課題を共有して対話を進めるための確かな基盤が築かれたからです。



